広い世界の中の小さな役割

この記事はトールキンライティングデーの企画、

トールキンアドベントカレンダー2017 25日目のエントリーです。

 

指輪物語では、本編の中で結局明示的に正体が語られることのない、回収されない不思議がたくさんあります。たとえばサムのロープはどうしてほどけたのか、とか、結局カラズラスの吹雪はサウロンの差し金だったのか、とか。

そのような不思議の中にも特に、西方のヴァラ達の干渉と思わせるもの、と「運命」と呼ばれているものと二つの大きな流れがあるように思われます。

 

上古の時代には積極的に中つ国に関わっていたヴァラ達ですが、第三紀には不干渉を決め込んだことになっており、指輪物語の本編においてはエルベレスの御名の他にはほとんど出て来ません。ですが、サルマン、ガンダルフなどのイスタリを派遣するなど、影からは結構手を出しているふしがあります。

例えば、ボロミアとファラミアが夢で聞いた『折れたる剣』の預言の歌は、かつてウルモがトゥアゴンに夢で啓示を送ったことなどを思い起こさせます。ウルモの使令で、あるいはウルモその人が送ったメッセージだったのかもしれません。

また、ペレンノールの合戦の朝に暗雲を払って陽の光を取り戻し、アラゴルンたちの船をハルロンドの港に送り届けた西風は「風を吹かすもの」マンウェの力によるものでは、と期待できますし、サウロンの最期とサルマンの最期にも強い風が彼らの幽霊(?)を吹き飛ばしています。さらに言えば、ワシはマンウェの使いとされていますので、五軍の戦いや黒門の戦いへのワシ達の参戦も背後にはマンウェからの使令があったのかもしれません。

 

その一方で、ビルボと指輪の出会いや、メリーとピピンが木の髭と出会ったことのように、ちょっとした偶然のように見えながらその後の趨勢を大きく変えてしまったできごと、というものがさまざまな形で描かれています。

ガンダルフは時々そのような偶然を指して「定められていた」とか、「指輪の造り主の意図をも越えた、何か別のものが働いていた」といった言い方をしています。......ガンダルフの立ち位置を考えると、これらの偶然、あるいは運命がヴァラ達の意図したものであったならば、それを知っていてもおかしくはありません。が、そこでヴァラ達の意図をにおわせるのもなんとなく不自然です。また、先に挙げたようなマンウェやウルモの干渉を思わせる出来事ではその意図と効果が直接的で理解しやすいのと比べると、これらの偶然はそれ自体からは効果や目的が直接見えてこないものが多いのが特徴です。

 

ここからは特に根拠はないのであくまで想像ですが、指輪物語のなかでホビットたちがちょこちょこと起こした「偶然」はもしかしたらイルーヴァタールの仕掛けなのかもしれません。

スメアゴルと指輪の出会い、ビルボと指輪の出会い、ビルボが見つけたスマウグの弱点、フロドの決意と旅立ち、ピピンバルログを起こしたこと、2ホビットと木の髭の出会い、ピピンがパランティアを拾ったこと、魔王へのメリーのひと刺し、そしてスメアゴルの最期。ひとつひとつは魔法でも奇跡でもないのですけれども、振り返ってみればどれひとつ欠けても結末はずっと悲惨だっただろうと思えるようないくつもの出来事、それらがもし意図されていたものだとすれば、奇跡的なほどに巧妙に配置されたとしかいいようのない「偶然的な出来事」のほとんどに、ホビットたちが絡んでいます。

アイヌリンダレではイルーヴァタールの第三の主題はメルコールの奏でる不協和音すらも主題のなかに取り込んで音楽にまとめ上げてしまったとされています。指輪物語の戦いの中で、要所要所で少しだけサウロンやサルマンの予想を外し、それが積み重なることで結果として盤面をひっくり返してしまう、そんな囲碁の妙手のような展開は、イルーヴァタールの全智が背景にあったがゆえに実現できたものだったのかもしれません。そして、その展開を実際に担っていたのが、素朴で、しかし頑固な、ホビットたちの小さな手だったのではないかと想像すると、なんだかワクワクしてこないでしょうか。

 

補足

ボロミア兄弟の啓示の歌には「小さき人」と明示的にホビットが言及されています。この啓示がウルモか誰かからのものとすると、ホビットのもたらす運命についてヴァラ達がいろいろ予測していたことを示唆するので、さっきの考察と矛盾しそうな気もします。が、もしかしたらマンドスあたりが(また)思わせぶりな予言でイルーヴァタールの御心を説くなどして「とりあえずあの小さい連中には注意しておかないといけないらしい」ぐらいの意識が、ヴァラ達に共有されていたのかもしれません。