「中と外」

(この記事は @TolkienWriting さんの企画 #TolkienWritingDay 2018 September に参加しています。企画へのリンクは記事の最後からどうぞ)

 

「エルロンドの館じゃ。今は朝の10時じゃ。」と答える声がありました。

「ここはいつも暗い。だが外では月が西へまわり、真夜中を過ぎた頃じゃ。」

 

ガンダルフのさまざまな特技の一つに、いつでもどこでも正確な時間を把握しているというものがあります(中つ国の技術レベルだとドワーフの細工物でようやくゼンマイが使えるかどうかということを考えると、ビルボの暖炉にあった"時計"はオーパーツではないかと思うのですが、それはまた別のところで)。

また同様に、何気なく話しているようで冷静に考えると驚きを禁じ得ない特技がもう一つ。例えば、

 

「鴉が飛ぶように直線に行けば15マイルばかり、狼どもが走るがごとく行けば多分20マイルばかりあろう。」

「西の入り口から東の門まで直線距離にしても40マイル以下ということはないし、道は相当曲折しておるかもしれぬからな。」

「バラド=ドゥアからオルサンクまでは直線距離にして200リーグかそれ以上ある。」

 

などなど、一行のいる場所をリアルタイムでGPS並みに正確に把握できて、かつ中つ国のほぼ全土をカバーする測量済みの地図がいつでも頭の中で参照できるらしい、というものがあります。スマホ以前の時代に山歩きの経験がある方は、これがどんなに難しいことか、そしてどんなに有難いことか想像が付くのではないでしょうか。

馳夫さんですらガンダルフが道を見失わないことにかけては絶大な信頼を置いています。馳夫さんはおそらく自分の足でくまなく歩くことで土地勘を体で覚えているのだと思いますが、それに対し、ガンダルフはいつでも地理を俯瞰できるのだとすればそれも宜なるかなです。

 

このような"マップ機能"は、Lord of the Rings Onlineのようなロールプレイングゲームをプレイするときには標準で実装されているのが普通であり、私もその恩恵を噛み締めていたりするのですが(「昔はゲームしながら方眼紙に地図を書いていた」とか言い出すと世代がバレる)、そこから想像されたひとつの仮説として、「中つ国においてガンダルフのようなマイアなどは、ある種の"アバター"なのではないか」と思うことがあります。

 

最初にシルマリルを読んだころの漠然としたイメージでは、中つ国におけるマイアールの受肉は、何かの精霊のようなものが人の肉体の中に入り込んで一体化したような状態、と思っていました、が、もしかしたら彼らの本体はあくまでもどこか高次元世界にあって、「ガンダルフというキャラクターを外から操作しているという感覚」に近いのかもしれません...

 

そのように想定すると先ほどあげたようなマップ機能や時計機能を必要とするのは自然なことですし、あるいは「過去に別の場所でおきた出来事を再生する」といったオプションも実装次第では可能と思われます。さらに、運営が特例を許すならキャラロストからの復活もあり得ることになります。なんだかいずれは中つ国のすべてがオンラインロールプレイングゲームで再現可能な気がしてきます(笑)。

 

トールキン教授のイメージが神話など人の想像力の本質に繋がっているがために後の世代が創造するものを先取りすることになったのか、それとも教授のイメージに触れたことのある世代が、意識のどこかに(こんなことが実現できたらいいな)という刷り込みを受けているために知らず知らずその方向に向かっているのか、文化史的には興味深いところです。

後者があながち否定しきれないのが怖いところだと思うのですがいかがでしょうか。

 

もし指輪物語ナルニア物語によって架空世界というミームがあの時生まれていなかったら、今日のVR、AR研究といったものまで含めた世界全体が、根元のところから別の方向に向かっていたかもしれません。例えば「歴史的な事実を再現する」ことを最上の目的としていて、それ以外は児戯と見下す風潮になっていたかもしれませんし、あるいは何か特定の宗教的世界を再創造することばかりがもてはやされるようになった、なんてこともあり得ます。

 

個人的には現実一辺倒でもなく荒唐無稽でもない、今のような「ファンタジー世界」というミームが普及してくれていることにほっとしています。まあ若干、剣と魔法ばかりでなくてもいいんじゃないかとは思わないではないですが。そしていずれ死ぬ前には、中つ国に"ログイン"して体験できるようになってほしいと期待しています。

...なんかハマり過ぎて帰ってこれなくなりそうなのが問題ですが。

 

 

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