わが捲き毛を持つものよ

ロスロリエンにてギムリが奥方様に御髪を希う場面は指輪物語の中でももっとも美しいシーンのひとつと勝手にみなしていますが、ここを読み返す時、最近になって思うことがひとつあります。

 

手ずからギムリに巻き毛を授けながら、もしこの戦いを無事に乗り切れたならば、そなたの手には黄金があふれ、それでも黄金に支配されることはないだろう、と予言した奥方様。スラインをはじめ黄金に憑かれた身内の多いことを思えば、これはとてもありがたい祝福に聞こえます。が、この後の話を知ってもう一度ここを読むと、奥方様がそう断言できたのは"この子はすでに妾に魅了されているので黄金ごときに誘惑されるわけがない"と言う絶対的な自信があったからなのではないかしら、といううがった見方ができてしまいます(笑)

 

また、古来より世の東西で、伸ばした髪には魔力や魅了の力が宿ると考えられていました。髪の毛に触れさせることで相手を虜にする女神や妖精、髪の毛を切られたことで力を失った精霊、髪の毛を依代に魔術や呪術をかける話など、枚挙にいとまがありません。中つ国においてもルシアンが自分の髪をつかって魔法を編んでいますので、髪に力が宿るのは踏襲していると思われます。

それを踏まえると、指輪所持者の一人である奥方様クラスともなれば、自らの一部である髪の毛を渡し、それを肌身離さず持ち歩いている(であろう)ギムリのことは、その気になれば、ほとんどサウロンとナズグルの関係に近いぐらいに掌握できたのではないでしょうか。

実際、奥方様がガンダルフを通してギムリに送った言葉は"Lock-bearer(わが捲き毛を持つもの)"という、"Ring-bearer(指輪所持者)"をもじったような呼びかけで始まっています。さらに続けて"思いは常にそなたの側にある"とまで言っています。たぶんこれは比喩や詩的表現ではなく、本当に言葉通りの意味なのです。

 

もう一つ、『終わらざりし物語』にも無視し難い記述があります。時期的には指輪物語の執筆後のテキストになるそうですが、曰く、ガラドリエルの髪は父方の金髪と母親の銀髪の美しさを共に受け継ぎ、その輝きにはラウレリンとテルペリオンの光が宿っているようだ、と評判だったこと。その表現がフェアノールに後に宝玉に二つの木の光を封じるという発想を与えたらしいということ。そして、彼はガラドリエルにその髪の房を三度乞うたが、当時のガラドリエルはフェアノールと反目しており、すげなく断っていたということ。

......わりとしゃれになりません。永い歳月を中つ国で過ごして奥方様も相当丸くなられたとはいえ、かのフェアノールにできなかった偉業をギムリが成してしまったことになります。彼がその言葉通り後に御髪を宝石に封じていたとすれば、ある意味シルマリルと比べられ得るアイテムということになってしまわないでしょうか。

 

そうなると追補編の最後、あの印象深い一節も腑に落ちます。レゴラスが大海を渡って中つ国を去る時に、ギムリが共に行ったこと、ドワーフが西方に受け入れられるという特例中の特例はガラドリエル様がために許された恩寵だったのではないかとあります。

シルマリルも持たなければ指輪所持者でもない定命のドワーフが大海を越えられた理由、西方に受け入れられたという不思議も、奥方の贈り物がある意味"力の指輪"に準じる代物だったと考えると理屈が通るのではないでしょうか。逆にもしあそこでギムリが大海を渡らなかったら、彼の死後もその魂だけが奥方の御髪の宝石に憑いて離れなくなるぐらいの危険があったのかもしれません。

 

サウロンの指輪にも屈しなかったドワーフ族ですから、直接目に見える効果はなかったかもしれません。けれども、きっと奥方様はギムリの知らないところで彼のことを見ていて、角笛城の乱戦で斬りかかってきたオークにちょっと目くらましをかけたり、死者の道でおいていかれそうなギムリをはらはらしながら励ましていたり、後に何年もかけて水晶を選び抜き、さらに何年もかけて精製して、慎重に御髪を封じ込めた宝石を作り上げるその作業をずっと見ていたりしたのではないでしょうか。

ギムリは鈍感にもそんな奥方様の加護に気づくこともなく、けれどもいつまでも色褪せぬ思い出を大切に守り続けた、そんなお互いに一方通行な主従(?)関係だったのではないでしょうか。 そしてきっと、家宝にすると言っておいたその宝石を、最後の最後で取り出して懐に納め、衝動的に館を飛び出して港に向かったに違いありません。

 

大海の果てにてギムリは奥方様と再会してその宝石を捧げたのでしょうか。もしかしたら奥方様は彼の宝玉を嘉納されて、こんなふうにおっしゃったかもしれません。

「かつて妾が、そなたは手の技よりも舌の技が巧みだと言ったあの言葉を取り消しましょう。そなたが妾に贈り物を請うたあの時の言葉よりも、いえ、妾がこれまで受け取ったどんな金銀よりも、そなたが作り上げたこの宝玉は妾を喜ばせてくれます。」と。